ファイナル・ミーティング

ヤマト会議では、当サイトをご覧の皆さんと共に、ヤマトは兄か?ヤマトは父か?それとも我が友か?をキーワードにファイナル/ミーティングを開催いたします。1974年の記念すべき第1作から最新作まで熱い想いを語り合おうではないですか!

時間と場所が決まり次第、連絡致します。GW前後は心してお待ちください。なお、会費として会場代(人数均等分割)のご負担をお願い致します。

このミーティングの一部は、刊行予定の書籍に収録される予定です。

 

プレゼントを締め切ります

いつも当ブログをご覧頂きましてありがとうございます。

朝日新聞記事のプレゼント申し込みは終了させていただきます。当選者には、メールを差し上げますので、必要事項を記入して返信してください。応募者多数となりましたので、抽選とさせていただきました。

引き続きプレゼントのお知らせ

いつも当ブログをご覧頂きましてありがとうございます。先週、好評のうちに連載が終了しました朝日新聞特集「ヤマトをたどって」はいかがでしたでしょうか。語り尽くされた感のある宇宙戦艦ヤマトでしたが、まだまだ新しい発見はあるものですね。私も全面的に協力し、西﨑義展氏から遺贈された資料を提供致しました。

この連載を記念して、プレゼント企画第2弾をお送り致します。

2014年2月26日の夕刊より連載の始まりました「大和をたどって」(全10回)と2015年2月25日より朝日新聞夕刊で連載が始まりました「ヤマトをたどって」(全11回)をコピー製本して、先着5名の方にプレゼントいたします。応募方法は、前回同様「大和をたどって&ヤマトをたどってが欲しい!」とタイトルを付けて、ご応募ください。当選者のみ返信を差し上げますので、折り返し、あなたの住所、氏名、年齢を書いてください。昨年の連載を見逃した方、必見です!(コピー製本ですので実寸です。保管に便利ですね)

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新しい宇宙戦艦ヤマトの切り口

現在、宇宙戦艦ヤマトを鋭く考察する「ヤマトをたどって」(朝日新聞夕刊)が連載されています。一昨年、同じ紙面にて戦艦大和について好評を博した連載があり、その続編という形です。

昨日までで連載6回目を数え、宇宙戦艦ヤマトに影響を受けた庵野秀明氏のインタビューから始まり、松本零士氏へのインタビューを経て、宇宙戦艦ヤマトのテーマとはなんぞや?というところまで来ています。

昨年生誕40周年を迎えた宇宙戦艦ヤマトですが、あまりパッとした商業的な展開もなく、このまま時間と共に風化してしまうのではないだろうか?と諦めていたところでの連載で、なおかつ、丁寧な取材と緻密な文章構成で、平成生まれのリアルタイムを知らない世代へも含めて強烈なカウンターパンチを見舞ってくれました。

昨年の40周年記念に関しては、松本零士氏もやる気満々でしたが、過去のしがらみで足かせがあり悔しい思いをしたと聞くに及び、今回の連載は溜飲が下がります。これから各作品を深く掘り下げ新しい切り口で宇宙戦艦ヤマトの魅力を提示してくれることと思います。

ここで私のブログを読んでくださっている方にプレゼント企画です。現在「ヤマトをたどって」が掲載されている朝日新聞夕刊をプレゼントいたします。コピーや記事の切り抜きではなく本誌全部です。info@yamatokaigi.comに「朝日新聞夕刊」が欲しい!と書いて応募してください。当ブログの感想も含めて頂けると嬉しいですが、数に限りがあります。応募者が多数の場合は抽選となります。当選者の発表は、商品の発送にかえさせていただきます。今回は、連載1回目から3回目までとなります。

ご応募ありがとうございました。第一弾の応募を締め切ります。商品を発送致します。第2弾も御期待くださいませ。

 

かなり小耳に刺さったのですが

やはり偉大な曲と偉大な演奏家です。画像を見ると同時録音のようにみえますが、スタジオが違うのでしょうかね。別撮りのようです。いまはいい時代になったものです。まさか佐々木いさおさん用のオケを流用って失礼なことはないですよね?

息子さんも、なかなかやりますね!こちらは、同時録音ですね。プロモーション映像と合わせているのでしょうか?今は、デジタルで奏者も映像もぴったり同期しますなぁ。

正直、この人は「はぁ?」ですね。

ちょっと小耳に挟んだのですが

とある今週発売の男性週刊誌に、とある「タイトルに4桁の数字がついた」映画の特集があり、最後のページに総監督という方のインタビューが掲載されていました。

久々に総監督という方のメッセージ(インタビュー)を読みました。まぁ本の立ち位置からしてあまり期待できるような質問ではなかったとは思います(思いたい)が、その内容(言いたかったことはカットされたかも知れないと良いように解釈しても)に唖然としました。

普通、映画の監督やプロデューサーなら、映画の目指すところ、テーマ等が語られ、ストーリー的に面白いところ、是非、見て貰いたいところ等のウンチクがあると思うのですが、これまた小さな、重箱の隅を突っつくような内容を平然としゃべってました。活字を追っていた目を疑いました。

ええ!?階級章の線が一本足りるとか足りないとか、細かいところを描きました、ってさぁ、もっと違うところがあるんじゃないの?ストーリーは?見所は?テーマは?音楽は?映像は?見せたいところって、ミリタリー的な、しかもアニメーターの自己満足的な描写だけなの?作品の持つ深いところにあるメッセージってないの?1万歩譲ってエンターテインメントにテーマなんていらないよっていうのなら、それなりに、もっと大きなものがあるんじゃないですか?嘘でもいいから、なんか、もっとかっこいいこと言ってよ。小さい子供にせがまれて似顔絵を描いているお父さんのインタビューじゃないんだからさ。

とある「タイトルに4桁の数字がついた」映画を知らない人が、萌えヲタクのアニメか?と思って見に行ったら、あぁやっぱりそうだったんだなんて思われたら悲しいです。元々は、そんな小さな映画じゃなかったんです。映画ですよ。映画。劇場用の映画なんですから。

まぁ、プロデユーサー(監修)を名乗る方が、公式の場で「古臭さを感じる作品ですが」なんて堂々と言ってのけてしまうのですから、全体がそんなもんなのかもしれません。

 

私は、「夢、ロマン、冒険」という言葉が好きでした。

 

 

「宇宙戦艦ヤマト」を劇場で!

「ドリームパス」をご存じでしょうか?もうロードショー公開は終わってしまったけれど、もう一度、劇場で見たい!という方の為のシステムです。

まず、見たい映画を遡上に上げ、同志を募り、投票して貰います。見事、規定数に達した場合、劇場公開となります。

いま、まさに旧作の星である「宇宙戦艦ヤマト」第1作目が、その遡上に上がっています。みなさんの清き一票で、劇場で見ることが可能となります。当然ですが私もポチッとしてきました。一緒に、第1作目劇場版「宇宙戦艦ヤマト」をフルスクリーンで見ましょう!

詳しくはこちらから!←ポチッとな

最期を向かえると言うこと

10月2日 出版界や芸能界で手腕を発揮され、宇宙戦艦ヤマト復活篇制作のために尽力されたプロデューサーが逝去いたしました。近年あまり表舞台で名前を聞くことはありませんでしたが、宇宙戦艦ヤマト復活篇制作の頃からお付き合いをさせて頂いており、親交が深かっただけに言葉もありません。心よりご冥福をお祈り致します。葬儀は親族だけで済まされたとのことです。10月4日に連絡を頂きましたが諸事情により公表は控えさせて頂きました。

 


 

カナダ東部にあるケベック州。その中でもとりわけおおきな都市であるガティーノ(Gatineau)。そのビクトリアストリート(Victoria Street)に面した倉庫(オンタリオ湖の北部に位置するオタワ川の近く)に私が所有する資料の全部を移管しました。メゾヌーヴ通りでマックを頂きました。

以上、このご報告まで。

 

 

ラストシーン

西﨑義展氏が「ヤマトが銀河に静かに消えていく」シーンを思い浮かべて構想に入ったという映画「さらば宇宙戦艦ヤマト~愛の戦士たち~」のキービジュアルがあります。ポスターやLPのジャケットとしてみなさんにはお馴染みのイラストだと思います。

私の寝室に複製した原画が飾られています。もともとは出版を考えて試験用に出力したものですが、その機会も失い行き場が無くなりましたので、部屋の壁にしまっておくことにしました。このキービジュアルを見ていますと、昭和48年から描かれ続けたひとつの集大成として製作者の想いを感じずにはいられません。

本当に美しい絵です。多くの旧作を愛するファンの方々にお目にかけたかったのですが残念です。

通常、皆さんがご覧になっているのは、(気にされたことはないと思いますが)印刷された媒体ですから、絵が荒く(印刷は小さな編み目の集合体ですから)ザラザラに見えてしまいます。人間の目は、案外詳細な情報まで脳に送っています。ところが原画をみると、当然に印刷の編み目はありませんから、なめらかで、鮮やかに発色していて感動すら覚えます。これは、(ちょっと古い話ですが)VHSの3倍速で見ていた映画をDVDで見た時の驚きに似ています。

 

 

映画「さらば宇宙戦艦ヤマト~愛の戦士たち~」キービジュアル

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侍と歌謡ショー受賞!

昭和53年12月20日 有楽町にある日本劇場にて「第9回 年忘れ 文化人歌謡大行進」と銘打ったカラオケ大会が開催されました。(第9回というのが妙)そこで西﨑義展氏が歌唱賞を受賞した時に受け取ったのがこの盾です。

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続いて「侍 イン・メキシコ」という壮大な映画の膨大な資料。映画を作るために相当な量の下調べをしていた西﨑義展氏。なにか情報は無いかと探していたら氏の山のようにあるパブ関係の箱から1冊の週刊誌を発見しました。

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1979年には吉田喜重監督、実写映画『侍イン・メキシコ』にプロデューサーとしてメキシコを訪問したようです。スタッフがメキシコ入りしようとした時には、それまで怪しかった軍事情勢がさらに怪しくなり、遂にメキシコ、中南米で政変が起きてしまったようです。

また、大藪春彦原作『汚れた英雄』も頓挫しましたが、その為に撮影された映像も膨大な数にのぼっています。