宇宙戦艦ヤマト2202 愛の戦士達 続報

https://youtu.be/IL9Tz7v1hp0
冒頭10分間を見ることができるそうです。

2話分の公開ですが、冒頭の10分間だけ見ることができます。

引き立たせキャラのアンドロメダが、ちょいワルおやじになって登場します。
陰日向の無い正統派敵キャラのガトランティス大型戦艦も、カッコよく登場です。

youtubeの小さい画面より劇場で見た方がいいでしょう。

ちなみに拙書「宇宙戦艦ヤマト Each side of screen」で爆縮型波動砲とか、地球の勢力が二分される「ヤマト派」「反ヤマト派」という世界観を表現したのが今から18年前の1999年です。
少し早すぎたかなぁ。

地球に向かって放たれた惑星破壊ミサイルを宇宙戦艦ヤマトと戦艦アルファードで撃破したところも、なんとなく似てるような気がしますが、発想は似て非なるもの。

今後の展開も楽しみにしていまする。

宇宙戦艦ヤマト2202 愛の戦士たち

宇宙戦艦ヤマト2202 愛の戦士たち
2月6日 読売ホールにて

冒頭、意図不明な余興があって上映が始まった。
宇宙の絵からズォーダー大帝のモノローグが意表を突き、その評価を終えぬ間に白色彗星帝国の侵略が始まり、更に大帝の意外な言葉があり、宇宙戦艦ヤマトⅢを彷彿とさせる戦争へと移った。
(惑星破壊ミサイルを発射していなかったろうか?)
本編映画「さらば宇宙戦艦ヤマト~愛の戦士たち~」では、いわゆるやられキャラ、引き立たせキャラであった白色彗星帝国の大型戦艦とアンドロメダが、これでもかという程の凄みと不気味さをまとって登場する。
特筆すべきは、大型戦艦の迫力である。あれほど本編では、呆気なく、校庭の隅で干からびていたミミズの死骸程度の役割しかなかったキャラクターでありながら、今作ではあれだけのスケール感を醸し出した監督の手腕に脱帽した。

これは、明らかに監督を交代させたことによる好転反応としかいいようがない。前作2199とでは第1話のオープニングから分が進む、いや秒が進む度に不快感を増し、批判的な思考しか持てなかった時とは大きく違う。
次はどうなるのだろうと、期待を持てるのである。
私は、監督を務めた羽原氏とは、復活編の製作時に初めてあって、少々お話をさせていただいたことがる。本当に少々である。

復活編で羽原氏はコンテも相当な数を描かれている。これが凄かった。残念ながら採用されることは少なかったが私なら全部採用したと思う。
ドラマの組立かたといい、見せ方といい「そうだよね」「こんなふうに表現できるんだ!」と思わず観るものを唸らせる描き方をしているのだ。絵コンテは脚本に次いで映画の肝であるので、このコンテの善し悪しで以後、どうにも修正が効かない駄作にもなりうるし名作にもなるのを現場で体験した。(比較対照があったのでなおさら実感できた)
羽原氏が作ると名作になるのかもしれない。

余談ながら、コンテは読みやすい方がいいのだが、ガンダムで有名な富野氏のコンテは判別が不可能に近いのに対し、羽原氏のコンテは絵が各段にうまかった。メカだけでなく人物も相当うまい。
小林氏が私に「羽原のコンテはキャラもうまいんだよね」と話されたのを今でも鮮明に覚えている。

で、本題に話を戻すと、大戦艦ひとつとってもこの力の入れようであるから、話しが進むとオリジナルの部分と「さらば」の直球勝負の混ぜ込み具合に感心しつつ時間があっという間に進んだ。

正直に感想を書くと、2202は私の予想を遥に超えて面白かった。
羽原氏がやるので、いい意味で普通なのができる(2199での絶望感がひどかったし、周りのスタッフのよくないしがらみもあるので)と思ってはいたけど、それどころではなかった。
予想をいい意味で裏切り続けた。
そして、絶対に書かなくてはならないことの一つに、今回の作品に、第1作目を見たときのような『ヤマトらしさ』を感じることができた、ことがある。グレートヤマトでも2199でも表現しきれなかった This is YAMATO である。
これは、羽原監督の技量と熱意によるものだと思う。
私たちが70年代から80年代の初頭に熱狂した、あのヤマトの熱量をそのままに2017年に対応した映像として作り直して(RE-Make)くれたのだ。

ただし、苦言のひとつもある。
2199を見なかった人間は、なぜ波動砲がだめなのか、見知らぬキャラクターがいたり、ガミラス人が同居したり(絶妙な台詞による説明はあったが)していたので意味不明な個所があった。
まぁ、映画「さらば宇宙戦艦ヤマト~愛の戦士たち~」も第1作目を見ないとわからない映画だったので、2199を見なさいということだと思うのだが、それは拷問に近い。何度かtryしたのだが「ちょっと無理」

当初、どーせ2199の延長線だしと思って、見に行く気は120%なかったのだが、親愛なるN氏が私の分のチケットを購入しておいてくれたので、やむなく足を運んだ次第。いつも、心遣いに感謝。

上映前、席について周囲を見回すと音響監督の田代敦己氏が見えたような気がした。それをN氏に話すと笑っていたが、上映が始まって少ししてその理由がわかった。
読売ホールは音響が良くないのである。
中高音しか響かないのである。
音響的には最悪な環境で上映することを心配しての下調べにきていたのではないかなと考えると納得がいった。
復活編の時もBGMが心配だったようで私に何度か電話してきていたのを思い出した。いろいろと状況を説明し、半分くらい納得してくださって「大丈夫かい?西崎さんは?また電話するよ」が最後の会話となったが、田代氏もヤマトを語る上で重要な役割を担った立役者である。いつも遠くから見ている事と思う。

次回は、映像と音楽について書く予定。
予備知識がないのでピュアな目で見られた、聞けた。

12月17日(土) 「偲ぶ会」開催

宇宙戦艦ヤマト・プロデューサー 西﨑義展氏が他界してから6年。

西﨑義展氏を偲ぶ会の第1回を船橋で執り行ってから5年の月日が経ちました。
未だ西﨑義展氏の遺した宇宙戦艦ヤマトの周囲は騒がしく、しかし、氏が残したかった本来の姿を我々が見いだすことは出来ていません。

本来なら氏が旅立った11月7日に「西﨑義展氏を偲ぶ会」として、ファンの想いを語る場を作りたかったのですが、諸般の事情があり、今回は、生を受けた12月18日の直近である12月17日に「偲ぶ会」を執り行うことと致しました。

今回は、最新の宇宙戦艦ヤマトを取り巻く環境、そして拙書「追憶~僕が見た人間『西崎義展』~ 後編」を手にあれこれとみなさんと共有できればと考えております。

■日時
2016年12月17日 土曜日 
13時より
■場所
東京・上野
■参加費
会場費、飲食代均等割
■持ち物
思い出話
※参加資格は問いませんが、趣旨に賛同できない方はご遠慮いただきます。
※今回の「偲ぶ会」もご遺族、関係会社とは一切無関係です。

宇宙戦艦ヤマト2199の続編 発見さる

余り評判の芳しくなかった「宇宙戦艦ヤマト2199」の続編ができるという。もう、リメイクだかリブートだかわからないが、原作(1974年に製作された宇宙戦艦ヤマト)の世界観を蹂躙するのは勘弁して欲しいと思う。
2199で再認識したのは、宮川音楽の素晴らしさとCGを使うと映像が綺麗になるという2点だけだ。
西﨑義展氏は、宇宙戦艦ヤマトは、ドラマ、音楽、映像の3つがひとつになって成功した作品だと言っていたが、正直2199のストーリーは破綻していた。だから、スターウォーズやガンダムの新作をみるにつけ「宇宙戦艦ヤマトは過去の遺物だ」と言われてしまうのである。
2199を見ていて感じるのは、宇宙戦艦ヤマトのコンセプトが今の空気感とマッチしないのではなく、物語を作るセンスのなさが「宇宙戦艦ヤマト」自体を過去の古くさい世界へと引きずり込んでしまっているのだ。
スターウォーズも宇宙戦艦ヤマトもほぼ同世代で、同じ枠で語られていた。
なぜ、今、同じ土俵で戦えないのか、よく考えて欲しい。

作品を見て感じるモノは人それぞれだと思う。2199を愛する人もいるだろう。
だが、私には「なぜ、こんなにいい素材があるのに……」と思ってしまうのである。

やはり、「銀河鉄道999」「宇宙戦艦ヤマト」などのSF漫画、アニメーション映画で、現在に続くクールジャパンの基礎をつくった松本零士氏をおいて救える人はいないと考える。

思い出した

YAMATO SOUND ALMANAC 1974-1983「YAMATO MUSIC ADDENDUM」の1枚目を聞いていて思い出したことがあります。
音響監督の田代氏と話しをしていた時に、宇宙戦艦ヤマトのBGMとして有名な川島和子さんのスキャット、いわゆる「無限に広がる大宇宙」という曲は、「メロディーラインはユニゾンにしてくれ」と発注したんだと言っておられました。
ちょっと記憶が曖昧ですが女性ボーカルと弦楽器のユニゾンだったかなぁ。(前にも書かなかったかなぁ)

田代氏は、復活篇で唯一西﨑監督に意見を言えた方で、戦闘シーンの音楽について熱心に説いておられたのも記憶に残っています。
「戦闘シーンは、こんないい方をすると不謹慎だけど、もうすこしワクワクするような曲を付けないとダメじゃ無いか」というようなことを仰っておりました。一言私から付け加えることがあるとしたら、そういう音楽を付けるような方向性を企画書に書いていたのは、当の西﨑義展氏だったと思います。

本物のカットモデル発見!

ヤマト全盛期の頃に作られた、宇宙戦艦ヤマトのカットモデルは2隻(3隻?)ありますが、本物は1隻しか残っていないようです。カットモデルに関しては、こちらが本物だと思います。当時を知るファンが艦橋を見れば、展示してあるモノが本物だとわかるはずです。色も違いますしね。なんで今まで気が付かなかったんだろうと反省しています。

やはり松本零士氏は、大切に保管されていたのだなと、今更ながら気が付きました。今年の夏には、本物を見に行こうと考えています。

 

2199について聞いてみた

今日、2199を見たという友人と話をした。妙に盛り上がった。

私は、2199をあまり見ていないことは以前にも書いたとおり。全体の1/3程度の話数しか見ていないと思う。どうも、真顔でみていられないのである。全体を見渡さず、枝葉末節ばかりに目がいき、変なところを作り込んでいるような気がしてならないのだ。

ヤフオクの便利な機能に「アラート」というものがある。『宇宙戦艦ヤマト』というキーワードを設定しておくと、キーワードを含んだ商品が出品されると提示にまとめてリスト化して送ってきてくれる。その中に妙な絵はがきのようなものが混ざってくる。いわゆる「萌えキャラ」のようなキャラクターだ。なぜ宇宙戦艦ヤマトに萌えキャラ(死語?)を登場させたかは知らないが、そんなキャラクターをヤマトファンが欲しがっていると思ったのだろうか?まさか、萌えキャラ(死語!)で新規顧客を取り込もうなんて感がえるほどスタッフも浅はかではないと思うが、見るに堪えない。漏れ伝わったところによると某偉大な漫画家でありアニメーターである方も不思議がっていた、というよりお怒りだったと聞く。カラオケ大会を彷彿とさせるOPの全員斉唱は意味がわからない。ひとつの楽曲として主題歌を大切にしていないように思う。

昭和49~50年当時、ヤマトは諸事情で打ち切りが決まり予定話数が減っていったし、宇宙のことだってわからないことがいっぱいだったから、どうしても全体としてみれば不都合な部分があるのは致し方ない。とやかくいうよりも、普通にヤマトをリメイクして欲しかった。多少の味付けはしても、毀誉褒貶(きよほうへん)相半ばした状態にならないようにして欲しかった。スターシャが波動砲を認めないのは意味がわからない。旧作では「自分たちのチカラできてください」と言っていたのは何だったのだろうか。西遊記において、天竺への取経を目指し、苦難を乗り越え結果として受け取ったものには、それなりの意味があった。その過程に問題があったからといって経典を授かれなかったかといえばそうではない。

2199の続編もあると聞く。地球人類は、波動砲エンジンが作れないからアンドロメダなどの新造戦艦は初めから弱小戦艦として登場するということだろうか?映画「さらば宇宙戦艦ヤマト~愛の戦士たち~」では、ヤマトを凌ぐ新造戦艦アンドロメダが白色彗星と対峙し、敗れ去ってしまうことで敵側のスケールの大きさが表現されていた。2199においてもガトランティス帝国よりガミラスの方が強大であるような描き方をしていたのも気になる。弱い敵を倒しても、それは単なる弱いモノいじめに過ぎない。

もう、あかーん。2199見るしかない。私と一緒に2199をみてくれる人は、(強く)こちらをクリック!

西崎義展氏の誕生日とスターウオーズ

スターウオーズの映像が今年の中頃に公開され話題となった。そしていよいよの公開である。世界的に大人気である。その人気に誰も異論はないと思う。アメリカでは劇場公開日には会社を休んでも構わないといわれるくらいの社会現象である。

振り返って私たちの宇宙戦艦ヤマトである。劇場版最終作となった復活篇以来、大した話題もない。ましてや40周年記念という大切な節目でも何もなかった。

なぜ、スターウオーズは公開から40年近く経っているのに人気があるのに、SFブームの火付け役となった宇宙戦艦ヤマトは、地味に沈黙しているのだろうか?残念でならない。

宇宙戦艦ヤマトには常に話題を作り出す仕掛けがあった。フェリーにファンを乗せてクルーズを楽しんだり、ファッション業界で活躍するデザイナーを起用したり、沢田研二にエンディング曲を歌ってもらったり等々。

今は微塵も見当たらない。

宇宙戦艦ヤマトには話題を生み出す力がなくなったのだろか?